2019.12.21みんなで防災「東日本大震災から学んだこと」レポート

KIDS NOW「みんなで防災」、今回は宮城県名取市閖上で語り部活動を続けている丹野祐子さんをお迎えしました。

あの日、閖上を襲った津波は、数分で街を飲み込みました。
丹野さんの長男公太くんも犠牲になりました。

街もずいぶんきれいになりました。
復興という名のもとに周囲はいつも急ぎ足です。、
3.11はつらく、忌まわしいものだと目を背けられがちです。

丹野さんの閖上の案内はいつも、元気な「ようこそ」で始まります。

そのひとつひとつの言葉には、
あの日までたしかにあったはずの風景、生活、いのちが息づいています。

そして、多くの人の心に響き、あの日のことを大切なこととして向き合うきっかけが各地で生まれています。

今回、現地で丹野さんにガイドしていただいた方々や、
ずっと丹野さんのお話を聞きたかったという方がたくさん参加しました。

また、丹野さんに寄り添い、支えてきた「地球のステージ桑山先生」や、
「日航ジャンボ機事故遺族連絡会」の美谷島さんも会場に駆けつけてくださいました。

閖上の記憶では、毎年、3月11日に追悼のつどいを開催し、メッセージを書いた鳩風船を飛ばします。
会場の皆さんにも書いてもらいました。空の上に届くといいですね。
閖上の記憶HP

伝え、学ぶ、育む。
被災地から未災地への活動を続けて下さっているキッズナウの皆さん、今回も貴重な企画をありがとうございました。

行政・防災課の職員に防災士として災害への備えを伝えています。震災後の今ではなく、次に起こるであろう震災の前であるという言葉、今後使わせて頂きます。

ハード面の防災が大切と思うが、ソフト面、心の防災、誰にでも災害は起こりうるという危機意識がとても大切。それが防災に繋がると改めて感じた。閖上にも毎年行き、大川小も何回も行き、二人の話を聞いていますが、今回お二人がこんなに近くに来て話をしてくれると言うことで来ました。

沢山の素敵な言葉をありがとうこざいました。

時間と共に忘れられていってしまう危惧がありますが、8年たってもまだ終わらない。これからも続いていくと言うことを認識する良い機会になった。気仙沼に縁があって行ったこともあったので、 改めて訪ねてみようと思う。閖上は震災の翌年から毎年行ってますが、ここ数年街の変わりように驚いています。以前語り部さんの話を聞きましたが、改めて丹野さんの話を聞きたいと思い参加した。学校関係の仕事なので、子供達に死んではいけないという話をしてます。

震災遺構についての考え方、とても受け入れられるもので大きな学びでした。

丹野さんの話をぜひ伺いたいと思っていたので良い機会を頂けて嬉しく思います。

丹野さんはしきりに「勉強大嫌い」と言いつつ、その言葉は凄く含蓄に富んでいるとおもったのですが、メチャメチャ上手です。

丹野さんと佐藤先生の話を聞かせて頂き、色々考えさせられました。

「ここは大丈夫!」「私は大丈夫!」とやはり思っている気がします。でもこの意識を変えるときが来たのですね。私も息子がいるので、感銘しました。今日のことを一人でも多くの人に伝えていきたいです。3年前に宮城県で生活したときに、丹野さんは何度が宮城テレビで拝見していました。お会いできて良かったです。

私も仙台に居住していて震災を体験し、名取りボラセンで6月終わりまで閖上地区の炊き出しボラに参加し、何度も閖上に行きました。懐かしい場所です。サイクリング場、プール、子供達の遊び場でした。ペット防災の資格、災害危機管理士1級を取り、ペット防災の活動をしています。

ずっとわかっているつもりでも、すっかり忘れていたあの頃の気持ち、記憶を思い出すことができました。また閖上も石巻も行きます。

当事者になったとき、自分がどんな動きが出来るか、考える時間を持ちたいと感じました。

震災後、場所によっては遺構が壊される例があるようだが、やはり残した方が良いと思う。

防災から身を守る事も大切だが、日常の当たり前のことを大切にしたいと思いました。 閖上の記憶に行ったことがあり、その時にはお会いできなかった丹野さんのお話を聞きたいと思いました。

丹野さんの講演、胸が熱くなりました。

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